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大恐慌と世界戦争

 投稿者:大森  投稿日:2020年 4月26日(日)09時33分29秒
返信・引用 編集済
  以下は、私が直観的に書いた言葉です。
論拠はありません。
小説にしようと思ったのですが。そこまでの客観性もできませんでした。
近未来に関する、詩のようなものです。
書かざるを得ない気持ちで、書きました。


あの病気が始まってから、もう1年になる。
もう、なるべく外出しない生活が当たり前になり、すべては、自粛が前提になり、それが日常になった。
お客を相手にする、ほとんどの商売が、衰弱した。
外食、観光、映画、演劇、音楽、ホテル、タクシー、それに関連した商売。町のラーメン屋も飲み屋も休業、廃業ばかり。
従業員はどうしたのだろう。きっと多く失職している。
失業者、倒産があふれている。
市民活動も止まって、動けない。
でも、そうした報道はあまりされない。
報道は、「まだ、恐怖が続いている。気を付けろ!外出するな。死にたくないなら。病気になりたくないなら。うつしたくないなら。家に閉じこもれ。」を叫んでいる。専門家が、自分たちは知っているという顔で恐怖を売りさばいていた。

「この病気はそれほど怖いのか?」
俺は、疑問があった。インフルエンザでは年間3000人から2万人死んでいる。風呂の中でも年間19000人死んでいる。それは怖くないのか?なぜ政府とマスコミは、この病気だけ、怖いと声高に叫ぶのか。
何か、意図がある。
何かに導こうとしている。よくないものに導こうとしている。そう感じる。
国民が恐怖ゆえに、その方向に喜んでいくように仕向ける意図を感じる。

恐怖に捕らわれ、いらいらし、怒りをためた人々を思った。
それから失業、倒産でどうしようもない苦しみに落ちている人々を思った。
彼らは自分の惨めさを味わい、無力さを思い知らされる。

俺は宗教や思想を思った。
宗教や思想は、そうした人間の限界を感じるところから始まったのではないか?
仏教。キリスト教。プラトン。

現代人は宗教も、思想も信じない。信じないというより、視野にない。
だから、当然、人間に来る、死や病苦を突き付けられて、恐怖に慄く。
だが、彼らの多くは宗教にはいかないのではないか?

彼らは力に行くのではないか?世俗的な権力に。
この逆境で、彼らを守ってくれると彼らが妄想できる力に。
無力な我々を強い力で、守ってください。
強い力で助けてください。
強い力で導いてください。
恐怖に慄く中から、卑屈で世俗的な祈りが聞こえるように思った。

多数の失業、倒産。
これは大恐慌というものだ。
かつて歴史にあった、大恐慌が、再び世界を襲ったのだ。
政府とマスコミが、それを招き入れたというべきか。

1929年。世界大恐慌。

1932年。ドイツ。
大恐慌で苦しみ、第一次世界大戦の賠償金で生活が破壊されたドイツで、ある男が、力を見せて、民衆が喝采した。
彼は自分一人に力を集中させ、国民は彼に熱狂した。
昔はそのことの理由がわからなかった。
今はわかる。

前の支配者は役人の原稿を丸暗記する操り人形だった。
今度の女性は、力を見せる。
強く、支配する。
トウキョウロックアウトレディ。
彼女は、冷たい、そして、強い。

独裁者の望むものは?

国力の増大。

1939年ドイツ。
世界大戦がはじまった。

202X年。
世界大戦?

世界大戦の開始にふさわしい場所がある。
ヨーロッパとアジアとアフリカの交差点。
キリスト教とイスラム教とユダヤ教の聖地。
エルサレム。

常に絶対的に戦い続けた地。

1948年から、強烈な対立のある地。

エルサレム。
エル(神)のシャローム(平和)。

悪魔の高笑いが聞こえる。

アメリカに影響が強いアシュケナジー・ユダヤ人。
大統領はアシュケナジー人が大好き。
日本はアメリカの手下として戦うだろう。

イランと北朝鮮は友好国。
イランの敵は、北朝鮮の敵。

そして日本には原発が53基。

俺は悪魔と悪魔の教会に属する偽ユダヤ人が嫌いだ。

 
 

この男は、やはりインチキ野郎だったようだ。

 投稿者:さくら  投稿日:2019年 7月 9日(火)11時19分35秒
返信・引用
  この男は、やはりインチキ野郎だったようだ。

http://timeline.sakura.ne.jp/02/n/1/9/5/5/n1955.html#3_02

http://timeline.sakura.ne.jp/02/n/2/0/1/8/n2018_0601.html#7_06

誕生日から死刑執行日まで、凄まじい語呂合わせ。

(個人的見解)
 

ソニー神社

 投稿者:大森  投稿日:2019年 3月 7日(木)11時49分51秒
返信・引用 編集済
  現代は外国の勢力、多国籍企業とその株主に日本の財産を奪われる時代であり、そのことが表面にとりあえず出ない形で進行していると思われます。
私はキリスト教と過去の日本の宗教を探求することで活路を見出そうとこの掲示板を行ってきました。この状況では、それだけではすまないと思い、様々な努力を行い、この掲示板に注ぐ努力も少なくなってしまいました。

それでも過去の宗教やキリスト教と現代社会をテーマに少しでも書いていきます。

最近、私が知った情報で宗教関係のことについて書きます。
週刊現代2月9日号に「バチがあたる。盛田昭夫の作ったソニー神社が現経営陣に壊されるまで」という記事が興味を引きました。

ソニーには、社員ではない関係者が悲惨な死を遂げて、その死者の霊が怨霊にならないように、ソニー神社というものがあるのだそうです。
それが現経営陣に根こそぎ破壊されたというのです。そしてその祭祀を行っていた宮司から宗教を冒瀆されたとして訴えられたというのです。

これは興味深かったです。

まず、現代においても怨霊を畏れる宗教心がソニーの経営者という迷信などに程遠い人間にもあるということが興味深い。合理的に考えなければ経営できないだろう経営者、しかもソニーという科学技術の粋を使った製品を生産している経営者が、不合理な、そして、日本人の宗教伝統である怨霊信仰を持っていることが興味深い。また、タイトルの「バチがあたる」でもわかるように、週刊現代の編集者が怨霊信仰を持っていることを示していて、興味深い。編集者がこう書いたというのは読者受けするからで、読者も怨霊信仰を持っていると思われるのです。
日本人は伝統的な怨霊信仰を持っているのです。

問題はその先です。

それが破壊されたのです。

この破壊は、日本人がしたのではないでしょう。
外国人がしたに決まっています。

日本人は「触らぬ神に祟りなし」と思っていて、あえて、怨霊を鎮める神社を破壊するわけはない。まして、ソニーの創設者の意志を無視するはずがありません。

これを破壊したのは、外国人です。

「彼ら(征服した民族)の祭壇を崩し、石の柱を砕き、彼らのアシェラを切り倒し、彫像を火で焼きなさい」(申命記7章)
こうした聖書に示された、一神教的な非妥協的な排外姿勢が、日本人の怨霊信仰神社を破壊したのです。

ここに、私はソニーが外国勢力に征服されたことを宣言された気がいたしました。

今、日産がカルロスゴーンと対立しています。
日産の利益はルノーにかなり流れているそうです。

ソニーや日産がそうならば、日本の大手企業はどれだけ、外国勢力に支配されて、その資産が奪われていくのでしょう。

かつて郵政が民営化されました。民営化とは株式会社化であり、お金のある人間が株を買い占めれば、会社は支配できます。そうして、郵貯マネーは外国勢力に吸収される方向で動いたのでしょう。郵政がアフラックの下請けになってしまったのでしょう。

私は協同組合の大切さを感じています。
協同組合は組合員が出資して、組合員のために活動してくれます。
お金も権力もない一般人が協力して、自分たちの生活を守れるのです。
日本で協同組合の父と呼ばれるのは賀川豊彦であり、彼はキリスト者です。彼は弱い人々が助け合うためにキリスト者として協同組合を作っていったのです。


協同組合がもし民営化されれば、金持ちの株主に支配されます。
それについては見つめて反対していくことが必要です。

ちなみに言うと日本の中央銀行、日本銀行も株式会社ですけどね。55%の株主は政府。45%の株主は公表されていません。

あと、お前はキリスト者だからソニー神社が破壊されたことを喜んでいるのか?と聞かれそうなので、それを書きます。
私は、ソニー神社を壊すよりも先に、多くの人が怨霊信仰ではなくキリスト教信仰をもち、怨霊信仰が不必要になってほしいです。怨霊神社を破壊しても、人々が心の中で怨霊信仰していたら、何にもなりません。
それから、これを破壊した人々は、その神社のあとに、キリスト教の教会をたてたわけでもなく、ユダヤ教のシナゴークを建てたわけでもありません。ただ、神社を破壊しただけ。この状態では、さらに悪い悪霊が入ってくるかもしれません。
これを破壊した勢力に、どんな信仰があるのか、わからないので、宗教的判断がつきません。
一神教的排他主義があることは理解できますが、一体どんな信仰なのかがわかりません。

あと、宗教的に言うなら、宮司さんは、裁判するのは市民として権利がありますが、宗教家としては、自分の神を破壊した人間たちを呪うのでしょうか?もし怨霊に力があるなら自らを冒瀆した人々をやっつける力があるのだろうかと思います。相手も、はっきり怨霊の呪いの力を見れば、神社再建など何か考えるかもしれません。
宗教は迷信でもなく、現実的な力だと私は思います。宗教が真実なら、現実的な力を見せなけれ、何にもならないと感じます。そうでなければ迷信だと言われても仕方がないでしょう。
 

『噂の眞相』編集長『岡留安則』は西郷一族か。

 投稿者:さくら  投稿日:2019年 2月 4日(月)04時55分56秒
返信・引用
  『噂の眞相』編集長『岡留安則』は西郷一族か。

http://timeline.sakura.ne.jp/02/n/1/8/4/7/n1847.html#11_18

http://consp.skr.jp/jc4/0204/p049.html#page319

日本のジャーナリズムは完全に逆転しているようだ。

政府の陰謀を暴いているはずの過激週刊誌が、

まさに陰謀団のリーダーだったのか。

(仮説を含みます)
 

TPP元年

 投稿者:大森  投稿日:2019年 1月 4日(金)09時05分36秒
返信・引用 編集済
  明けましておめでとうございます。
みなさまのご発展をお祈りいたします。
ただ、昨年12月30日にTPP11が開始されてもう日本と日本の法律はTPPという条約の下にあります。

これから始まるのは、多国籍企業とその株主による搾取、収奪の時代でしょう。
私はここ数年TPPに反対し続けてきて、ここにも書いたし、いろいろな場面で反対してきました。

でもTPPは成立してしまいました。
私が驚いたのは、TPPがアメリカが抜けた後も、日本が率先して進めたことです。
ここから見えるのは、日本の政府(おそらく、財界、官僚、マスコミなども)は日本の一般市民のための仕事をしていないで、多国籍企業やその株主のために仕事をしているということです。

TPPについての情報もほとんど流れません。

すでにTPPによる規制緩和は始まっており、主要農作物種子法廃止、水道民営化法案、残業ゼロ法案などが開始されています。
多国籍企業と株主が儲けをしやすい規制緩和は生活のあらゆる分野に起きるでしょう。
医療、教育、公共投資、労働、その他。

昨年は、堤未果さんの「日本が売られる」が新書ではベストセラーになりました。
この本は、日本のいろいろな分野の規制緩和について現実に何が起きているのかを書いた、すばらしいルポルタージュだと思います。

しかし多くの一般国民の中には、理解していない人も多いように思います。

アメリカがそうでした、北米FTAをメキシコ、カナダで始めた時、何が起きるか理解でききず、その後の失業などで自由貿易の恐ろしい本質を体験したのです。それでトランプが指示されて、TPP離脱しました。
同じことが日本でも起きるでしょう。
ただ情報がどれだけ流れるか疑問です。
また国民が理解しようとするか不明です。
目の前で、米の値段が10倍になり、水道価格が3倍になり、失業し、医療費が高騰し、教育難民が増加しても、それをTPPや多国籍企業や投資家・株主と結びつける情報が流れるのか?国民が理解しようとするのか?
わかりません。

私はこの掲示板で宗教探求してきました。
こうしたTPPのような現代の社会問題を扱う場所でないかもしれません。
しかし、TPPと宗教は関係しています。

人生の最大の問題は、金か命か、悪か善か、悪魔か神か、人間がそのどちらに仕えるのかということです。
人間の魂が金に仕えるのか?神に仕えるのか?
人間の魂が悪魔に仕えるのか、神に仕えるのか、という問題です。
それが試されているし、それが試されていることが、はっきりと切実になってきています。

また、国家神道が政治的な宗教であり、人工的な宗教であることもはっきりしてきました。
それは江戸時代以前の日本の伝統的宗教を切り張りし、調整したものです。いくつかの江戸時代以前の宗教伝統は切り捨てられました。国家神道は、すんなりと江戸時代以前の日本の伝統と結びついていません。
国家神道は、日本の国民の心を中央集権国家に向かわせるためのものです。
それはおそらく私の推測では、その成立の背後には外国の権力の意向があります。
そして現代でもそれは機能しているものと思われます。おそらく遠い意味でTPPとも関係していると推測します。


 

西郷隆盛は、天皇家、徳川家、織田家、豊臣家などとつながる。

 投稿者:さくら  投稿日:2018年11月 7日(水)10時30分10秒
返信・引用
  西郷隆盛は、天皇家、徳川家、織田家、豊臣家などとつながる。

http://ur0.link/Nhor

http://ur0.link/NhoB

キーパーソンは、織田信長の妹『お市の方』のようだ。

(仮説を含みます)
 

恵みの宴と罪の宴~マルコ伝福音書6章14節~44節

 投稿者:大森  投稿日:2018年 9月28日(金)10時15分59秒
返信・引用
   今回は私がギリシャ語で新約聖書を見ていった際に気が付いたことを書きます。

 マルコ伝6章を読むと弟子たちへの宣教命令があり、バプテスマのヨハネの斬首があり、また弟子たちの帰還とその後のことが書かれています。今回ギリシャ語でじっくり読むと、二つの挿話に関連した意味があることに気が付きました。それについて書きます。

 まずヘロデがバプテスマのヨハネの首を切る命令をした王宮の場面について言及します。

 この個所を読むと、王宮で権力と富を持つ者たちの堕落、欲望、腐敗の悪臭が漂ってくるようです。

 このヘロデの個所は、オスカーワイルドのサロメやモローやクラナハの絵画作品でサロメが主役として描かれています。しかし、今回、ギリシャ語で精読してみると、この話の主役はヘロデアなのだと気が付きました。ヘロデアの栄華への欲望、権力欲、復讐心、残酷さがこの話の中心にあります。

 この話を読むとヘロデは、矛盾の多い、優柔不断な、はっきりしない、周囲に流されやすい人物です。彼は聖なる義人のヨハネに惹かれ、喜んでそれに従う面が書いてあります。一方、兄弟の妻を奪うという罪をなすような罪びとでもあります。
 一方、ヘロデアは一貫してヨハネを憎み、聖なるものへの感覚が麻痺した人間であり、自分の欲望のため人を殺すことを何とも思わない残酷で強い女性として書かれています。
そして、この欲深く残酷で強い女性の意志がこの挿話の中心にあります。

 王宮とはどんなところでしょうか?
 富に満ちています。権力があり他人に命令し支配する力を持ちます。限りなき贅沢に溺れることができます。
 その陰に、欲望。憎しみ、恨み、恐怖、残酷さが渦巻いています。そこでは退廃と魂の腐敗があります。
 兄弟の妻を奪うとは恐ろしい堕落と欲望の行動です。激しい欲望と倫理を無視する盲目さがなければできません。それは律法のない日本人でもよくわかります。一体兄弟の妻を奪って結婚して幸せな家庭が築けるのでしょうか。良心の呵責はないのでしょうか。奪われた兄弟は恐ろしい憎しみや恨みを奪った兄弟に向けるでしょう。慈しみ合い助け合うべき兄弟がそうした憎しみの関係であるとは何という重荷でしょうか。心の休まる時はないでしょう。
 ヘロデとヘロデアの関係はどちらが誘惑したのでしょうか?
 一貫して、この結婚に固執してバプテスマのヨハネの死を願うヘロデアとバプテスマのヨハネに聞き従おうとするヘロデを比べると、ヘロデアがヘロデを誘惑したのではないかと疑われます。もし、表面上、ヘロデが誘惑したように見えても、それ以前にヘロデアが表面に出ない誘惑の罠をヘロデに仕掛けて、ヘロデがそれに乗ってしまったという可能性もあります。

 ヨセフスのユダヤ古代史にはヘロデアに以下の記述があります。
「ヘロデアはヘロデ大王と大祭司シモンの娘マリアムメとの間にできた子ヘロデと結婚した。(このヘロデは、ヘロデ・フィリッポスという人物、ヘロデ・アンティパスの異母兄弟、大森注)。二人の間にサロメが生まれた。(これが福音書に出てくるサロメ・大森注)。へロデアはサロメを生んだ後、存命中の夫ヘロデと別れ、私たちの習慣を嘲笑ずるかのようにヘロデ(これがバプテスマのヨハネの首を切る命令をしたヘロデ・アンティパス)と結婚した。このヘロデは、同じ父(ヘロデ大王)から生まれた彼女の夫の兄弟であり、当時のガリラヤ領主であった。」(新約時代篇ⅩⅤⅢ.筑摩学芸文庫ユダヤ古代史6)
 これを読むと、ヘロデがヘロデアを誘惑したのではなく、へロデアの方が積極的だったように読めます。
 しかも「私たちの習慣(律法)を嘲笑するかのように」と書き、ヘロデアの倫理を無視した態度、傲慢さ、欲望を暗示させる書きぶりです。

 またこのユダヤ古代史のその後に記述の中には、ヘロデアが夫ヘロデの別の異母兄弟の王になるという出世と富に嫉妬した場面があり、ヘロデアの欲の深さ、高慢さが感じられます。

 さらにユダヤ古代史からの情報によればヘロデアはヘロデの異母兄弟の娘なのであり、前夫ヘロデ・フィリッポスにとっても、現夫ヘロデ・アンティパスにとっても、姪なのです。(律法には叔父叔母との不倫の性関係は禁止されていますが、姪との結婚は否定されていないようです)

 しかし、このマルコ伝の場面を読むと、ヘロデアの立場からすれば、バプテスマのヨハネを彼女の人生を破壊する人物です。
 もし、ヘロデがバプテスマのヨハネに聞き従い兄弟の妻を奪って結婚したことを本気で悔い改めたらどうなるか?おそらくヘロデアとは離婚するでしょう。
 ヘロデアにとって、その後の人生はつらいことになります。
 ヘロデは王であり、離婚すれば、悔い改めて罪から逃れた人物になります。
 しかし、ヘロデアは王から離婚された瞬間に王の関係者ではなくなり、一人の罪に穢れただけの女になります。元夫は、裏切った彼女を救うはずはありません。逆に、律法に反して重大な罪を犯した女として訴えるかもしれません。兄弟と離婚して再婚することについてはレビ記にこうあります。
「兄弟の妻をめとる者は汚らしいことをし、兄弟を辱めたのであり、男も女も恵まれることはない」
 死刑とは書いていませんが、汚らわしいことをした女として日陰で生きるしかないでしょう。
 罪を犯したヘロデアは、自分の欲望を押し通し、今の生活を守り自分の身を守るため、バプテスマのヨハネを排除しなければならないです。

 そうしたヘロデアにとって都合のいい日がきました。この「都合のいい」というギリシャ語は、「ευκαιρου」という言葉です。この言葉はこの個所で重要なのだと思います。それは後で説明します。

 ヘロデの誕生日の祝いに人々が集まりました。楽しく飲食する場面です。御馳走が並び、酒が酌み交わされ、ほろ酔いや泥酔ということがあったかもしれません。ヘロデは楽しく陽気に酒に酔っていたのでしょう。
 そこに義理の娘サロメが入ってきます。
 サロメをヘロデは少女と呼んでいます。女とは呼んでいません。おそらく少女とは結婚する時期になっていない女の子のことでしょう。今でいえば小学生くらいではないかと思います。まだ性の意識を持たない、女性とは言えない女の子です。オスカーワイルドのサロメにような恋をするような年齢の人間ではありません。
 その少女が踊りを踊ったのです。
 バークレー著の注釈書によれば、当時は、踊りは娼婦が淫らな誘惑のためにするものであって、決して身分の高い女性がすることはなかったそうです。
 ここで行われたのはまだ性意識を持たない少女が淫らな仕草で誘惑をするという踊りをしたという場面です。そしてご馳走を食べて、酒に酔った、おやじたちが、それを見て歓声をあげたという場面です。気のゆるみ、堕落、退廃といったことが思い浮かびます。

 そこで気の緩んだ、ヘロデが女の子に「何でもあげよう」とうかつで、慢心した発言をするのです。しかも「国の半分でも」という調子にのった発言を付け加えます。初めの「何でも上げよう」という発言の後に、さらに「国の半分でも」という発言をさらに加えたことをマルコは書きます。ヘロデの酒に酔って、浮ついた、緊張感のない気持ちが感じられます。
 女の子は母の元に戻ります。ここでもサロメが意思を持った一人の女性でなく親に頼っている少女であることが示されます。また、そうした少女に淫らな踊りをさせてヘロデの発言を導いたヘロデアの姦計も感じられます。

 答えは「バプテスマのヨハネの首を」という衝撃的なものでした。
この個所をギリシャ語で読んで気が付いたのですが、「すぐ王のところに急いで戻って」「今すぐに洗礼者ヨハネの首を盆にのせて」「王はすぐに衛兵を使わし」など「すぐ」「急いで」「すぐ」「すぐ」が多用されています。最初と最後の「すぐ」はマルコの好きな「ευθυς」です。
この場面が急いですぐに展開していったことが見えます。それは、ヘロデアの「今を逃して王の気が変わらないうちに」というあせりを示します。また、人間の罪を犯し、悲劇に飛び込んでいく際の気持、恐怖や自分の破滅を一刻も待てないような異常な心理を示しているようにも読めます。

 王は周囲の人間を気にしていたと書いてあります。
 こんな自分の権力の周りにいる人々の前で調子にのった発言をするヘロデの軽薄さ、考えの浅さが感じられます。しかも、もし、王が毅然として「それはできない」と言えば、周囲もサロメもヘロデアも拒否できないでしょう。しかしヘロデはそれができません。ヘロデが煮え切らない、流されやすい人間であることが見えます。この罪深い結婚がヘロデアに流されて行っただろうと思いますが、ヘロデはまたヘロデアに流されてしまったのです。しっかりした自分の考えを持たず、毅然とした態度を取れない人間の悲劇です。

 私は、旧約聖書のアハブ王とイザベラ王妃の関係を思い出します。土地を欲しいが拒否されて、うじうじしたアハブ王と「土地が欲しいなら相手を殺せ」と言って、王に殺人をさせたイザベラ王妃。悪を平然となす女と流される男。そうした現実をマルコ伝は示します。
アダムとエバもそうだったでしょうか。

 ユダヤ古代史によれば、ヘロデは、異母兄弟の出世に嫉妬したヘロデアにそそのかされて、ローマ皇帝に自分が領主だけではなく王になるように頼みに行きます。しかし逆に、ローマ皇帝の逆鱗に触れ、領地を奪われ流刑になってしまいます。
 ヘロデという男は最後までヘロデアという女の罪の意志に流されて破滅してしまう人間だったのです。



 このヘロデとバプテスマのヨハネの挿話は、弟子たちの伝道への旅と帰還後の群衆への対応に挿話に挟まれています。
 ヘロデの挿話は腐敗、欲望、飽食、神を無視する罪に満ちています。一方、イエス様と弟子と群衆の挿話は、誠実さと忍耐、清貧、満ち足りた食欲、神への帰依と神の恵みに満ちています。

 弟子たちは、イエス様にほとんど物を持たない姿で送り出されます。清貧という言葉が思い出されます。無一物で神の恵みだけを支えとした伝道です。穢れた霊を制する権威を与えられました。彼らは、悪魔との闘いに向かう戦士です。悪魔を制するためには、物を持たず、飢えにも耐える、無一物の清貧が必要なのです。悪魔の誘惑の一つは物欲です。それはイエス様の40日間の山での悪魔の誘惑の修行でもわかります。ヘロデの宮殿での物欲に満ちた生活とは対照的な生活です。
 私はここで指摘したいのは、「パン」をもっていかないようにと言われていることです。パンがこの挿話全体の重要なものになっているのです。悪魔との闘いには、食欲も満たされないことのある忍耐のある生活が必要なのです。
 送り出された弟子はどんな気持ちだったでしょう。
 うれしい気持ちがあったでしょう。イエス様に一人前と認められ責任を持つ人間として伝道していくのです。イエス様に信頼されているのです。
また、緊張感もあったでしょう。しかしそれは充実した緊張感だったでしょう。

 弟子たちが帰還しました。イエス様は弟子たちをねぎらい、静かな場所で休みなさいと言います。この言葉から弟子たちの伝道がうまくいったことがわかります。物欲にも食欲にも忍耐し、悪魔を制し、伝道してきたのです。 それが成し遂げられたのです。
 弟子たちの心の中には、充実感、成し遂げたよろこび、神の恵みと導きへの感謝、快い疲労感があったでしょう。あの尊敬するイエス様がねぎらってくださったのです。言い換えれば「よくやってきた」と自分たちの努力をほめてくれたのです。
 弟子たちは、「充分働き、今度はゆっくり休める。」と心地よい疲労の中で思ったでしょう。そして「パンを持たず行った。だから、十分食べられなかった。お腹がすいた。パンを食べたいなあ。」とも思ったでしょう。

 ところが弟子たちの期待は裏切られます。
 イエス様の教えを請いにたくさんの群衆がやってきます。とても休める状況ではありません。
イエス様は、その群衆を憐れんだとあります。これは「内臓」というギリシャ語から派生した言葉だそうで、はらわたが痛む、内臓から感じるような感情でしょう。日本語でも腹を割って話すという言い方がありますが、イエス様は腹を割って憐れんだのでしょう。また日本語にはらわたが煮えくり返るという言葉があります。イエス様は憎しみがはらわたに満ちたのではなく、憐れみがはらわたに満ちたのです。イエス様は群衆を、心底、全身全霊で憐れんだのです。その姿を見て弟子たちは、自分たちの休みなど言ってはいられません。自分たちの伝道も神の憐れみを伝えるためだったのです。イエスの神の憐れみを伝える手助けをしなければなりません。
その後、その努力をずいぶんして弟子たちは、「もう、ここは淋しい場所で、時間もたちました」とイエス様に言います。弟子たちの内心には「もう十分ではないですか?私たちに、少しは休みを頂けないでしょうか。」という気持ちも含まれているでしょう。
 また弟子たちが群衆の空腹を気にしています。こういうのは、弟子たち自身が空腹を感じていることも示していると思うのです。弟子たちの心の中には、「私たちは、お腹もすきました。パンを食べたいです。」という気持ちがあると思います。だから他の人の空腹も感じたのでしょう。
 ところがイエス様の答えは弟子たちの期待をさらに裏切るものでした。
「お前たちが食物を用意しなさい。」全く意外な言葉でした。
私は時に神様はありえないような要求をすることを肝に銘じます。隣人愛のため絶対実現不可能に見える要求をすれることもある。しかし、それを拒否してはならないと思うのです。
さらに「お前たち食べ物をいくつ、もっているのか?」というイエス様の言葉です。
弟子たちはパンを食べたかったのです。それは当然の欲求です。しかし、イエス様は、弟子たちが楽しみにしていたパンを食べずに、「群衆に捧げよ」というのです。
 弟子たちの当然の欲求は、隣人愛のために無視されて、かなえられず、弟子たちの欲求は群衆の犠牲になるのです。
 弟子たちは、どう思ったでしょう。
 空腹で、パンを自分たちが食べたい弟子たちは、内心、「ここまで忍耐しなければならないのか、ここまで捧げなければならないのか」と思ったかもしれません。「イエス様の言われたことだから仕方がない」と思ったかもしれません。
 けれども、弟子たちは従ったのです。

 そこにあったのはパンだけではありません。魚もあったのです。弟子たちはパンを見に行って、魚も見て、それを報告しました。彼らのは魚を報告せず、隠して自分たちが食べる方法もあったでしょうが、それはしませんでした。
そして魚です。
 魚はギリシャ語でιχθυςです。これは、Ιιησυς(イエス) Χριστος(キリスト) Θεου(神の) υιος(子) Σωτηρ(救い主)の頭文字をとって並べた言葉と同じで、初期の迫害時代のキリスト者の暗号にされていたといわれる言葉です。マルコ時代のキリスト者たちにもなじみの言葉だったと思われます。弟子たちは「イエス・キリスト・神の子・救い主」も見つけてイエス様に報告しました。

 空腹の中自分の食べ物を与えた弟子たちにイエスさまの奇跡が起きました。神の恵みは、弟子たちの想像を超えて大きなものでした。
 パンは増えて、全員の空腹を満たして、余りあるものになったのです。
 もちろん弟子たちの空腹をも満たしたに違いありません。
 弟子たちの究極の犠牲と忍耐は、全体への大きな喜びのもとになったのです。



 この場面をみると、ヘロデの挿話の罪深さ、醜さが際立ってきます。
 注目すべきは、二つの挿話は、ともに大勢が集まって、ともに食事をする場面だということです。
 ともに大勢集まる会食、宴の場面です。
 しかしその本質は正反対です。
 強欲と清貧、欲望と自己犠牲、殺人という罪と神の恵みの奇跡。
 罪の宴と神の恵みの宴。

 二つの宴が関連することを示すようにマルコは、二つのギリシャ語を二つの挿話の中に入れています。

 一つは集まるという意味の言葉です。
 22節に王の誕生日に「列席した」という言葉、συνανακειμενοις があります。
 また30節弟子たちが「集まった」という箇所にも συναγονται があります。
また33節に、群衆がイエス様と弟子たちより先に湖のむこうのに行先に行ったという箇所にも
συνεδρμσν があります。日本語訳ではよくわかりませんが、英訳には、そこにcame together to Him とあります。一緒にいたという意味があります。
 この三語の言葉はσυνという言葉が語幹の言葉で、集まるという言葉の派生語です。

 また21節のヘロデアがバプテスマのヨハネを殺すのに「都合のいい」という言葉に、ευκαίρου があります。これは、31節の弟子たちが食べる暇もなかったという箇所にも使われます。ευκαίρουνという言葉で、この個所を直訳すると、「都合よく食べることができなかった」となります。
 このように二つの挿話で二つの言葉が使われており、マルコが関連性を暗示したように思われます。

 このようにヘロデの挿話が弟子たちの挿話に挟まれ、ともに一緒に食べる挿話であること、共通の単語、長谷語がつかわれていることなどから、マルコは、二つの挿話を対比して書いたのだと思いました。

 また、これは出エジプト記にマナの挿話とも関連している気がします。それは今回、書かないことにいたします。

 私は、最近、モンサントやアメリカ政府による、日本の食糧自給率を下げてアメリカ依存させて日本を支配する政策や現在の種子法廃止などについて調べています。この個所からすると、そうした政策が神の意志に反した罪深い政策であることを感じました。
 また自分自身がもっと禁欲的であってもいいのではないかと反省しました。

 

日米FTAが開始されるか

 投稿者:大森  投稿日:2018年 9月13日(木)13時51分4秒
返信・引用
  山田正彦氏のブログからの情報提供です。

日本農業新聞で日米FTAが始まるかもしれないという情報です。

ただ、日本農業新聞WEB8月31日ではまた、9月にトランプ政権がFTA押しつける可能性があるとして、FTAの交渉には入っていないようだ。ただトランプ政権の押し方次第でそうなる可能性はある。

日米FTAとは自由貿易協定でTPPの日米版である。TPPを締結している日本はそれがスタートラインになり、それ以上の妥協をアメリカが要求してくる。一方アメリカは保護貿易を主張しているので、自国の利益は守るスタンスだろう。
無防備の日本と身を守るアメリカが戦えば、どうなるかは、目に見えている。

以下、山田氏のブログより。



大変残念です。

日本農業新聞、何より恐れていた事実上の日米FTA(日米新協議)が9日、ワシントンで行われることになり、9月までには決めてしまうと。

米国のライトファイザーは.日本からの自動車に25%の関税をかけると豪語。なんとトヨタ1社の売り上げで24兆円、日本の農林水産業の総生産額で8兆円しかない。


アベ政権、茂木担当大臣は、自動車の関税を免れる為に、米国が要求する農産物をそのまま受け入れることが、国益になるとするのが、目に見えている。

昨日、ワシントンのロビースト、トーマスカトウ弁護士が私の事務所に訪ねて来た。

彼の話ではトヨタ1社の公表されている米国でのロビーストは21人いて、年間に、6億円の支出、他に自動車工業会等入れると20億円は下らない活動費が支出と。

日本ではモンサント等の日本での政、官、財に対するロビー活動費は公表されることはありません。

一方、日本の農業関係は、全中が骨抜きにされて、TPP11に賛成、ただ農家は今でも自民党は見捨てることはないと信じている。


このままだと日本の農業はどうなるのだろうか。

政府はこれ迄は、米国との個別の交渉はしないと説明、TPP11で米国の牛肉、豚肉等の輸入枠まで、カナダ、NZ、豪州等に全て譲ってしまった。

先週、署名した日欧EPAでは、乳製品までも関税減免。野菜もコメ、麦までも全て譲歩してしまった。

新聞には「米国は対日協議、豚肉に照準」、「米交渉官、中国、メキシコ向け代替」とある。

中国など一斉に25%の報復関税を米国の農産物にかけて、ブラジル等からの輸入に切り代えたので、何でもいいなりになる日本が標的に。

すでに日本の食肉輸入は、100万トンを超え、豚、鶏は18年度上半期だけで、最多と報道されている。

つい最近まで、55%あった豚肉の自給率が今でも、49%を切った。

コメにしても、影響がないと政府は試算しているが、すでに豪国ではコシヒカリ系のうららを日本の6分の1のコストで収量も1.4倍の栽培面積を急拡大と報道されている。

米国でも日本向けのコメの栽培面積が拡大している。

日本も先ず鉄鋼、アルミ等で高い関税をかけられているのだからWTOの規約通り、当然各国並みに米国からの農産物に報復関税をかけるべきである。

独立国として、それから堂々と交渉に入るべきでは。

このままでは日本の食料自給率は、経産省の試算のように、本当に14%まで落ち込んで、日本の農山漁村は荒れはててしまうことになる。

?自己紹介:山田正彦(やまだまさひこ) 元農林水産大臣、弁護士 1942年4月8日生まれ(長崎県五島市) ≪略...続きを見る

 

日本の明治維新から敗戦への外国の影響について

 投稿者:大森  投稿日:2018年 9月 8日(土)11時14分57秒
返信・引用
  終戦記念日も過ぎましたが、日本の敗戦について書きます。
もっと早くアップしたかったのですが、忙しくてできませんでした。
書いてみると自分の知識不足を感じます。
しかし、最近の状況や歴史ついて触れていると、不思議な違和感を感じているので、それを言葉にしてみます。

少し前、「この世界の片隅で」という広島の原爆投下に関係するアニメーションを見ました。
戦前の風景が忠実に再現されているとのことで、いい作品だと思いました。
その中で主人公が敗戦の詔勅を聞いて「何で戦争に負けたのか?こんなにも苦労したのに」と悔しい気持ちを表現する場面がありました。家は焼かれ、自分の右手を失い、姪は爆死しているので、確かにその疑問の叫びはもっともです。
私は、その疑問「なぜ、太平洋戦争は始まり、何の目的があり、なぜ敗戦に至ったのか」ということについて多くの文化人は答えていないと思いました。庶民のもっともで切実な疑問に答えるのもインテリの役割ではないか?私は三島由紀夫と小林秀雄を思いうかべました。彼らはなぜそうした庶民のもっともな質問に答えないのでしょう?
少なくとも敗戦について国民が共通した正しい認識がないと思います。

一般的な国民の認識は軍部が暴走したためということでしょう。しかし、軍部が暴走したからと言って、無謀がアメリカとの戦争にすぐ結びつくわけではありません。軍部は軍隊であり、冷静な状況分析、自国他国の軍事を認識したうえでの作戦立案を行うのが普通です。それが、負けると分かっている戦争を始め続ける愚策を行うのは異常なことです。
私はかつて日本の軍人は宗教家でありながら軍人であるという矛盾を持ちながら気がつかない人々だったと分析しました。そういう人が多数いたと思います。しかし、国の総理大臣、外務大臣、軍のトップも含めて全員がそうかどうかは、もっと厳密に考えなければならない問題です。海軍のトップだった山本五十六が半年なら暴れられるがそれ以上はできないので早期の停戦を望んでいたのは有名な話しです。どういう局面で、どういう判断をしたのかも考えなければいけない問題でしょう。

回りくどい話はやめましょう。
私は、日本の開戦、戦争継続に対して外国の影響がどのくらいあったのかということが、今までの戦前についての議論に欠いていたように思うのです。太平洋戦争については、かなり強力な外国からの圧力があったのではないか?それを視野に入れなければ、日本の動きも読めないのではないかということです。

私はTPPについてここ数年調べています。TPPとは何か?日本にどういう影響があるのか?誰の意向なのか?調べてみました。結論は、TPPとは多国籍企業とその株主の金儲けと世界支配ために日本人を守る決まりを駄目にするためのものだということです。多国籍企業とその株主とは、アメリカで批判された1%と呼ばれる一部のスーパーリッチ(富裕層)のことであり、日本人を守る規則を駄目にするとは、規制緩和と呼ばれています。具体的に言えば、多国籍企業の生命保険会社の金儲けのために、日本の国民皆保険を駄目にしたり、日本の水道を民営化して多国籍企業の営利に差し出したり、主要農作物種子法を廃止して稲の種にモンサントなどの多国籍企業の支配がしやすいようにしたりすることです。

私は、現在の日本の政治は、日本の庶民のためにあるのではない。外国の多国籍企業とその株主、世界のスーパーリッチのためにあり、政府は国民を騙して、国民の生活をスーパーリッチに差出すことを企んでいるとしか思えずにいます。
私は日本の政治、社会は外国勢力の多大な強力な支配下にあると思います。

おそらく、官僚、財界、マスコミ、政界、学会などに、外国の組織と関係が深く、日本ではなく外国の組織に忠誠を誓い利益を得ている人々がいて、それぞれの立場で、スーパーリッチに都合のいい政策や言論を行い、国民を導いているのだとさえ感じます。

私はTPPで学んだ日本への外国の影響力ということを今までの歴史を見る上でも考慮すべきだと感じ始ました。

私は明治以来の近代史には、外国の影響が強くある、その観点でみないと真実は見えてこないと思えるのです。

最近、私は、加治将一という人の「竜馬の黒幕」、「幕末、明治の暗号」という本を読みました。これからはとても面白い本なので、是非、歴史に興味のある方にはお勧めします。

竜馬の黒幕によれば、竜馬は個人で活躍したのではなく、バックに、イギリスの商人グラバー、英大使アーネストサトーなどの人物とつながりがあり、資金や行動計画において助力をもらっていたというのです。
竜馬だけでなく、当時の勤王の志士と呼ばれる人々はみな、グラバーやサトウと関係を持ち、その資金と指示で動いていたというのです。
私は驚くとともに、何でこうしたことに今まで思い至らなかったのか、自分の愚かさを感じました。
確かに竜馬や伊藤博文のような下級武士が討幕や維新といった大仕事を個人の力で成し遂げたというのは不自然です。
現在、例えば、下っ端のサラリーマンが、県知事や大臣級の人物を差し置いて、活躍し、国を動かす大物と談判して国政を動かし、現政権を倒す革命をなすということは、フィクションならあり得ますが、現実にそんなことはありえないでしょう。まして当時は身分がしっかりと固まった時代です。身分の低い下級武士が何を言うかと否定されれば、それでおしまいでしょう。
それなのに討幕の志士たちは、身分の低い人たちなのに、現政権の転覆を成し遂げたのです。不自然としか言いようがありません。
1863年文久3年に長州五傑と呼ばれる五人、井上聞多(馨)、遠藤謹助、山尾庸三、伊藤俊輔(博文)、野村弥吉(井上勝)がイギリスに留学に行っています。この年にはイギリスと長州の下関戦争が行われています。
なぜイギリスは敵対している長州の若者を留学させてイギリスで学ばせたのでしょう。不思議としかいいようがありません。
もし、アメリカのイラク戦争時に、アメリカがイラクの若者数名をアメリカに留学させてアメリカ文化を学ばせたという事実があったとします。しかもその若者たちがイラクのフセイン政権討幕後に、イラクの首相などの中枢の役割を担ったとします。
普通なら、アメリカはアメリカに都合のいい政権を作る人材としてイラクの若者を留学させてアメリカとの強いパイプにしたのだろうと考えるでしょう。
これと似たイギリス留学が幕末に伊藤博文など5人に起きたのです。
イギリスは日本の新政権の中枢にイギリスの影響力の強い人物を置くために留学させたのであろうと考えた方が自然です。
イギリスはある目的に向けたシナリオをもっており、それに従って彼らを英国留学させたという読み方には説得力があります。
外国の強い影響下に作られた政権、それは傀儡政権という言い方も可能なのではないでしょうか。

また、幕末に諸外国が日本に何をしたのか?何をしようとしたのかも今までの歴史には出てこないと思います。
諸外国はアジアの国々を植民地にしていきました。
日本に対してもそうしたかったに違いありません。しかし、日本を植民地にしようとするイギリス、アメリカ、フランスの動きについて今までの幕末の歴史では触れられなかったように思えるのです。一体、欧米列強は日本だけは手をこまねいていたのでしょうか?
下関で長州と戦争して威圧しながら、将来の新政権の中枢になるであろう若者を留学させて、新政権の中枢に太いパイプを作り、それで新政権がイギリスに都合のいい政策をするように動く布石を打っていたと考えれば、納得がいきやすいと思います。植民地支配でない形の支配を造ろうとしていたすれば納得しやすいと思うのです。あの老獪、冷徹な欧米諸国が日本支配の手を何も打たなかったということよりも納得しやすいです。


私は若い時に司馬遼太郎の「竜馬が行く」を読んで、違和感とコンプレックスを感じたことが忘れられません。「何でこんなすごいヒーローがいるの?何でもできて、みんなに好かれて、何でも実現できて、常識を超えたすごい計画に向かって行動できるなんて、すごい。自分とは全然違う、自分は無力で混乱していて、何にもできない。」みたいに感じました。
しかし、竜馬がイギリスの計画と指示と財力とで動いていたと考えると、納得できます。(もちろん、彼も魅力ある聡明で行動力のある人物だったのでしょうが)
しかし歴史に詳しいのに、イギリスのバックに触れなかった司馬遼太郎という人物は何を考えていたのでしょうか?イギリス抜きの日本のヒーローを描いて人々に読ませ、人々に信じ込ませようとした司馬遼太郎という人物はどういう目的があったのでしょうか。

私は、日本の開戦についても外国の影響を考えなければならないと思います。
私は、「真珠湾コンスピラシー」(ジョンコールマン)という本を読みました。
この本によれば、日米開戦は、イギリス首相チャーチルとアメリカ大統領ルーズベルトが強く望み、その方向で日本に圧力をかけたから開戦に至ったというのです。なぜチャーチルとルーズベルトが戦争を望んだのかと言えば、ドイツとの戦争にイギリスが負けそうだったから、ドイツを負けさせるためにアメリカの参戦が必要だった、ルーズベルトは恐ろしいドイツへの人種差別感覚をもっていたため、当時、外国の戦争に巻き込まれることを嫌悪して平和の維持を強く望んでいたアメリカ人を何とか戦争を望むようにしたかった。そのために、日本人を卑怯者にしたて一般アメリカ人に憎悪させる真珠湾の日本軍の攻撃が必要だったというのです。
 私はそういう事実について判断するだけの知識はありません。
 しかし、少なくとも、真珠湾攻撃に始まる日米開戦に関して、当時のアメリカの状況、アメリカの動き、アメリカの意図を考慮しないで、判断することはできないと思います。

(この本では日本へのアメリカの空襲について「東京の惨状はダンテの時獄篇をしのいだ」と書き、「どの軍鯛の歴史を見てもあれほどの惨状はない・・・世界史上のいかなる軍事行動もあれ以上の死傷者を出していない」という当時のアメリカの将軍のパワーという人の発言を載せています。私は東京の空襲を始めとした、日本の都市への空襲は、国際法を無視した非戦闘員への虐殺行為であると考えており、また広島、長崎への原爆投下は、人種差別的な虐殺であるとともに人体実験だと考えています。欧米人がそうしたことに賛同した意見を書いていたので非常に驚きました。)

また、小林よしのりの「戦争論3」では、明治以来の歴史が外国の多大な影響の下にあったことを前提に太平洋戦争までの歴史を描いています。私はこれが例外的に思えますし、また通常の歴史学者からみれば漫画という異端的な分野の表現でしょう。


私は、今までの日本の専門家による歴史書には、明治以降の近代史において、欧米列強からの圧力と日本の政治の関係の記述、資料、考察が抜け落ちていることを感じるのです。
もちろん外国の圧力だけが日本に明治維新をもたらし、太平洋戦争を開始する原因ではないでしょう。しかし外国の圧力もその大きな要因でしょうし、それを抜きに記述するのはおかしいと思っています。
まるで外国からの圧力を隠蔽する意図があるようにさえ見えます。

私はこうした記述をする気になったのは、一つには最近のインターネットで明治維新や太平洋戦争についての新説を無料で配布する宣伝がやたらと出ていることがあります。
その案内を見ると、どうも、それらは明治維新や太平洋戦争への外国の圧力と影響を描いたもののようです。
私がとても不思議に思います。
今まで隠蔽していたがごとくに、書かれなかったものが、インターネットでやたらと宣伝し無料で配布することになっていることが不思議です。インターネットの宣伝費や本の無料化にはお金がかかり、一体誰がそれを出しているのかと思います。
今まで隠蔽されていたような内容をかなりの費用を出して人々に提供しようとするのは誰でどういう意図があるのかと思います。

結論的にはまとまらない話でしたし、自分の知識や学力を超えた話だったと思いましたが、とりあえず書いておきます。
 

清水様、ありがとうございました。

 投稿者:大森  投稿日:2018年 8月12日(日)21時48分31秒
返信・引用
  清水様、読んでいただき、書き込みいただき、ありがとうございました。
誰も見ていないのではないかと思っていたので、驚きましたし、うれしかったです。
読み返したら、ミスがあったので直しました。
清水さんに、ペテロの感想を聞かれてから、「マルコ伝福音書をじっくり読もう、読んでイエス様の十字架への経過をじっくり理解しよう」と思い、ギリシャ語で取り組んでいます。
また何か発見があれば、聖書についても書いていきます。
 

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