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<多死時代の到来と人類の覚醒>(2)

 投稿者:ちくてつ  投稿日:2020年 9月17日(木)09時35分28秒
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  <多死時代の到来と人類の覚醒>
 世界人口の70億人突破は、地球環境の激変とシンクロしている。疫病、戦争、飢餓が起きてくる。
 そして世界はこれから「多死時代」を迎える。いま生きている70億人は2100年までに死ぬ。とくにベビーブーマーたちがバタバタ死んでゆく。
 死を迎える70億人のひとりひとりが問うであろう根源的なテーマに解はあるか? その解は信頼できるものなのか?
 無観客で行われることが決まったNHKの紅白歌合戦の直後、恒例の大晦日から新年の情景が報じられる。来年は大勢の参拝客が神社仏閣に押し寄せることはない。様変わりした正月風景から何を学ぶのか。
 1914年に出版された一冊の本、死んでゆく兵士たちに読まれ、ベストセラーとなった作品から学びたい。
「生きている死者からの手紙」(1914年の出版、ノンフィクション、著作権フリー)
 エルザ・バーカーによる記録
 金澤竹哲・訳
<序文(2)
 ある時は、手紙は私の友人がいるときに書かれたが、その後は、私がいつもひとりのときに「X」氏が来るようになった。私はパリとロンドンの間を行き来していたので、手紙はこのふたつの都市で書かれた。時には週に数回の訪問があり、時には一か月も彼を感じないこともあった。私のほうから彼を呼び出すことはなく、訪問以外の時に彼のことを考えることもなかった。大半の時間、私のペンと思考は他の事柄で埋められていた。
 たった一度だけ、自動書記が始まる前に、手紙の内容がいくぶんか分かったことがあった。ある夜、鉛筆を持つと「Xさん」が何を書こうとしているか分かったのだ。だがこの出来事は覚えているのだが、どの手紙がそれだったか忘れてしまった。
 手紙を書いている間、私はたいてい半覚醒状態で、後でメッセージを読み返すまでは、ぼんやりとした内容しかわからなかった。2、3の例では、無意識に近い状態で鉛筆をとり、何を書いているのか分からなかったが、これはしょっちゅう起きたわけではない。
 この手紙が、私の序文付きで出版されるべきだと最初に言われた時は気乗りがしなかった。数冊の本の著者であり、多少なりとも知られていたので、文学的評判に少しは誇りを持っていたからだ。私は変人、「気違い」だと見られたくなかった。だが、私は前書きを書くことに同意し、手紙は私の目の前で自動書記で書かれたこと、それは完璧な事実ではないけれども、真実であると説明した。私の友人は満足したが、時が経つにつれて、私が不満を覚えるようになった。そういう説明は誠実ではなかった。
 私は自分自身に問いかけてみた。もしも私が、手紙を個人的な序文なしに出版するのなら、フィクションか想像の産物と見なされるだろう、そして手紙に込められた素晴らしいメッセージは力を失い、読者に死後の生を信じさせることはできないと思った。またもしも、序文で、手紙は私の目の前で自動書記と思われる形で書かれたと説明すれば、当然のことながら誰の手で書かれたのかという疑問が生じ、私は言い逃れを考えなければなくなる。だが、もしも正直に、手紙は私自身の手で書かれたと認め、事実を正確に述べれば、たったふたつの仮説しか残らない。ひとつは、手紙は肉体を離れた実体からの真実のコミュニケーションだというものであり、もうひとつは、私自身の潜在意識の労作だということ。後者の仮説は、友人が死んだことを知る前に届いた、「X」と署名された最初の手紙を説明することにはならない。なぜなら人々の潜在意識下の心はすべてを知っていると推察しなければならないからだ。その場合、なぜ私の潜在意識下の心が、私自身やほかの人の客観的な心を無視して、長くて苦労の多い偽りを自分自身に課したというのだろうか?
 誰かが、手の込んだ詐欺を働き、かくも重大な問題を弄んだと私を非難することは、当時もいまもなされそうにない。私の想像力は、このような方法以外に、詩や小説といった正当な表現手段を持っていたからだ。
 この疑問が片付いた時には、手紙の3分の2を書き終えており、もしも出版するなら、手紙を受け取った正確な状況を述べた正直な序文を付ける決心をしていた。
 実際の執筆には11か月以上かかった。すると、編集をどうするかという問題が出てきた。何を削除すべきか? 何を含めるべきか? 私は、「X」氏、私、彼の友人たちの個人的な事情への言及を除くすべてを残すことにした。私が付け加えたことは何もない。たまに「X」氏の書き方は粗雑だったので、私はセンテンスを直し、反復を削ったが、編集者としての私が通常の原稿を渡されて校正する時に行うよりは遥かに原文に忠実であろうと心がけた。
「X」氏は、時には非常にくだけた調子で、時には法律用語やアメリカのスラングを使った。彼は親友同士の手紙のように、しばしばひとつのテーマから別なテーマへと飛び、何のことわりもなくまた元のテーマへ戻るのだった。
 彼は死後の生についていくつかの意見を述べているが、それらは私がいつも抱いていた意見とは正反対のものだった。これらの意見は、そのまま残された。そうした彼の哲学的陳述は私がはじめて触れるものだった。時には、私がその深遠さに気づくのが数か月後ということもあった。
 私は手紙を公表したことを後悔しない。手紙は多分、興味深いドキュメントであり、情報ソースが誰であろうとも、それを世に発表することへの恐れは、私が「X」氏に手をかした時に感じた恐れには到底及ばない>
 X氏こと、ハッチ判事は死んですぐに霊界から地上へコンタクトしてきた。エルザ・バーカーという霊感豊かな作家に自動書記の形でメッセージを送ってきた。メッセージは死後直後から始まり、死の何たるか、死後の世界の何たるかを、死にゆく大勢の人々に語っている。
 
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