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らくらく毛管運動で若返る(9)

 投稿者:竹哲@らくらく安楽詩の会  投稿日:2019年11月25日(月)21時22分17秒
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  ●病気が縁で日本一の治療家へ

 山崎先生も西先生同様、子供の頃から病弱でした。胃腸、肝臓、心臓、腎臓、脚気と次々に疾患に襲われ、腸チフスや赤痢などの伝染病にかかって死にかけたことも一回、二回ではないといいます。
 いろいろな病院にかかっても、一向に病状はよくならず、医者からは「この子はおそらく、二四、五歳くらいまでしか生きられないだろう」と見放されたそうです。
 そんな不安を抱えていた一六歳の時に、西先生の講演を聞いて、「コレだ!」と直感します。山崎先生の『潜在意識トレーニング』(PHP研究所)にありますが、「この先生のやり方を実践すれば、必ず健康な身体を取り戻すことができる」と確信したと言います。
 二〇〇六年三月に山崎先生の卒寿を祝う会が開催され、私も出席しました。このときの講演で、山崎先生はこう語られました。
「ずっと病気がちで、しまいには神仏頼りにさえなる中、西先生に出会いました。病気は自分で治せという言葉には驚きました。治してもらうのではなく、自分で治す。それまでの不安が一挙に吹き飛び、この先生の言うとおりにやれば、必ず健康を取り戻すことができると確信しました」
 山崎先生は、西式健康法の真髄は「中和の大切」にあると言います。体も心も常にバランスを取るということです。食生活でも、肉や魚を食べたら、野菜・果物・海藻を摂る。肉・魚は酸性の食べ物なので、これを中和するためにアルカリ性の野菜などを食べなければなりません。いまでは当たり前と思われていることですが、一九三〇年代にそのような話をする人はいなかったと山崎先生は述懐しています。
 西先生の講演を聞いて以来、山崎先生は西式健康法を実践し始めます。一七歳の時には一〇日間の断食療法にも取り組みましたが、勝手な判断でひまし油を飲んでしまって失敗。二回目には成功したものの、断食直後に大好きなぼた餅を食べてしまって、胃を痛めてしまったそうです。
 断食は正しく行なわないと逆に身体をこわしてしまいます。山崎先生のような達人でさえ、最初は西式健康法を十分に理解できませんでした。しかし、失敗があったからこそ、山崎先生はその後、岡山健康学院で断食療法を実践する際に適切で効果的な指導ができるようになったわけです。山崎先生は以来、毎年正月になると断食を行い続けます。
 西式健康法によって山崎先生はみるみる健康を取り戻し、身体が丈夫になりました。そして潜在意識が目覚め、戦時中は呉の軍需工場で秘密兵器の開発にあたりました。重要な仕事ですから、兵役は免除されていましたが、「間違って赤紙が来てしまった」そうです。二〇歳の時に召集され中国の戦地に赴きました。山崎先生はそこでも西式健康法を活用して、戦友たちの病気やケガを治し、感謝されます。先生自身も、敵弾で負傷し、軍医から「治らない」と診断された体を西式健康法で治してしまいます。
呉に戻ってからも、昼夜兼行の作業中、誤って指を落とした工員たちを数多く、落とした指を奇麗に洗い、割り箸で固定して毛管運動をさせて、すべて治してしまわれたのです。
 戦後、義父の電気工事業を手伝いながら、山崎先生はボランティアで西式健康法を教え、病気やケガを治すと、その噂を聞きつけたちまち多くの人がやって来るようになりました。あまりに来訪する人が多く、電気工事の仕事ができなくなったので、三〇歳の時に西式の指導に専念します。これが岡山健康学院に発展するのです。また、岡山健康学院というネーミングは西先生が決められたものであり、その実績によって正式に公認されています。
 山崎先生のエピソードは、戦争中の奇跡的な体験や、合気道の植芝盛平さんから直に特訓を受けたことや、伊藤忠の伊藤忠兵衛氏に可愛がられたこと、立石電気の立石一真氏が月に一度会社に招聘し、経営のヒントを求められたことなど、語り尽くせないほどあります。
 ちなみに、ひまわり会のIさん(愛媛県の在住の女性)は山崎先生から断食指導を直接受けました。そして劇的に変化します。それまでは、脂っこいものが大好きで、食事の量も多かったので、かなり太めの体型でした。ところが、山崎先生の一言によって一大決心、驚くほどのスリム体型になりました。
「二〇〇五年に初めて岡山健康学院で山崎先生とお会いしたとき、私は身長一六六センチメートル、体重八四キログラムという体型でした。『バイキングで元を取る人』と冗談を言われるくらいに食べることが好きでした。そして、節制やダイエットを考えることもなく、食べることが一番の楽しみという生活でした。
 ところが山崎先生から、「あなたは、自分の運まで食べている」と言われたのです。この言葉が胸に深く刻まれました。
 そして真剣にダイエットに挑戦しました。半年間で二五キロの減量に成功したのです。また、この頃、水野南北の『食は運命を左右する』という本に出会いました。読むと。山崎先生の言われることと共通点が多く、それ以来、座右の書にしています。
 もしも先生にこの一言を言っていただけなかったら、今ごろは成人病で入退院をくり返していたと思います。
 ダイエットに成功した後は、二〇〇七年から、不動真言を唱えながら、一日一五分間らくらく毛管運動を続けています。
 今年で五四歳になりますが、不思議なことに更年期の症状がほとんどないのと、白髪染めの必要が無いほど、頭髪が黒々しています。風邪をひきかけても、大事に至りません。足腰がだるい時などは、らくらく毛管運動をすると軽くなります。疲れてしまって、今日はパスしようかと思う時ほど、やってみると疲れが飛んでゆきます。私の場合、らくらく毛管運動だけで、他には何も運動していませんが、西式健康法の朝ご飯をいただかない食生活とらくらく毛管運動で、体重六〇キログラム前後を維持しています。
 山崎先生からは、『毛管運動管をするときに想うことは潜在意識に入りやすい』と教わりました。そこで、「良くなる、善くなる、能くなる」と思いながら、するように心がけています」
 このIさんは毎年お正月に岡山健康学院で断食をしています。また、毎年、伊勢神宮参拝などのイベントに参加していますが、いつもスリムな体型です。
 
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