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手紙36 空虚な球体(3)

 投稿者:竹哲@らくらく安楽詩の会  投稿日:2019年 9月 1日(日)07時01分6秒
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  「生きている死者からの手紙」(1914年の出版、ノンフィクション、著作権フリー)
        エルザ・バーカーによる記録
        金澤竹哲・訳



手紙36 空虚な球体(3)


 金ぴかの安酒場でカウンターに屈み込んでいた青年は、言いようもない恐怖を覚えて立ち去ろうとした。だが、そのものの腕が主人であるかのごとく彼を抱きしめ、湿ってふやけた頬を彼の頬に押し付け、吸血鬼のような生き物の欲望が犠牲者自身の欲望を掻き立てるので、青年はおかわりを頼んでしまった。

 まさにそうだ、地上と地獄は隣り合っていて、境界を示す地図はない。

 私は情欲の地獄や嫌悪の地獄を見た。不実の地獄では、哀れな住人が手にするすべてのものが変化してしまい、望みのものは手に入らない。ここでは真実は永遠に嘲られ、本物は皆無であり、すべてが変化し、不確かなものとなり、真逆になってしまう。

 私は、ウソしかつけない人々の苦しむ顔を見た。狂ったように真実を掴もうとしても、手の中で溶けてしまうのだ。不実な人生の習慣が、常に変化し続けるこちらの世界に持ち込まれると、彼らの周りを取り巻くのは彼らをあざけり、逃げてゆく幻影ばかりだ。

 彼らは最愛の人に会えるだろうか? 約束はできても、現れた相手の顔は、歯をむきだしにした怒りの表情に変化する。彼らは野心の成果を記憶しているだろうか? それは別の形をした偽物となり、誇りは弱々しい羞恥心に取って代わる。彼らは親友の手を握ることができるだろうか? 相手から差し伸ばされた手にはナイフが握られており、嘘つきの生命の源に死なない程度に突き刺さる。かくて不毛な努力が何度も何度も重ねられ、不安にさいなまれる良心が尽きるまで続くのだ。

 
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