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手紙31 天空の数学的難問(2)

 投稿者:世話人の竹哲です  投稿日:2019年 7月 1日(月)05時53分51秒
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  「生きている死者からの手紙」(1914年の出版、ノンフィクション、著作権フリー)
        エルザ・バーカーによる記録
        金澤竹哲・訳




手紙31 天空の数学的難問(2)

 私は師に、件の魔術師を知っていますかと聞いた。すると千年前から知っているという答えで、そんな昔の前世の頃から、パリの魔術師は力を求める道を歩んでいたそうだ。だが、利己的な欲望によって道を外れたので、本物の哲学的真理に至る道へ戻る前に、長い間さまようだろうということだった。「彼を責めるべきですか? 憐れむべきですか?」と私は尋ねた。「このケースでは、憐れんでも意味がない」と師は答えた。「人は己の望むものを追求する」

 師が立ち去ってから、私は自分に聞いてみた。私は何を求めているか、何を望むのか? 答えは直ちにもたらされた。「知識だ」。一年前なら、「力だ」だったかもしれないが、知識は力に先立つものだ。知識を得れば、力も十分に与えられる。

 私が何度も何度も、しょっちゅう君を訪ねて話すのは、このためだ。私は君やたぶんほかの人たちにも、この方法以外では伝えることが不可能ないくつかの知識を与えたい。君たちに伝える最高の知識とは、人は意志の力を訓練することで、死後も客観的な意識を保てるということだ。ここの多くの人々は、ある種の主観的な至福に浸り切っているので、地上や天国で起きていることには無関心だ。私ができたように、簡単にそうできる。

 以前に話したとおり、地上にいる間に人は主観的意識と客観的意識の両方を持てるが、主に客観的意識で生きており、ここでも人はふたつの意識を持てるのだが、主観的となる傾向がある。どんな時でも、気分を整えて自己の内面をみれば、君たちは主観的な至福状態になれるだろうし、それは死と呼ばれる境界のこちら側にいる魂たちが楽しんでいるのと同じものだ。事実、人はこのような潜在意識下の体験によって、エーテル世界に関するすべてについて学んできた。肉体を揺さぶる激情や情熱が鎮まるとき、人は自己の内的な生を垣間見るが、その内的な生こそがこの四次元世界の生なのだ。


 
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