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お疲れ様です。
投稿者:
メントール湯
投稿日:2008年 1月23日(水)00時33分3秒
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返信・引用
確かにトドれないですね(;^^汗 風邪引いちゃいますね。。。
初音遠景は高友寄りからのアングルですね。しかも線路からですか!? 初音全景撮影には
ぴったりのところで納得!です。
農民の家は茶褐色!?の湯のイメージが実に不鮮明に記憶の中に残るばかりとなりました。。(多分数種類のうちの一つだと思われます)もう数十年前にもなります。しかし、地元の方々には意外と縁遠いところで、もっぱら他市町村の方のほうが知っているといった感じだそうです。普通の旅館とは異なるので当然と言えば当然ですが。。。
農民の家と伺ったので少しばかりうかがうことが出来た昔話を。。
昔々、農民の家の前の国道は幾たびも台風による洪水の影響で国道側土手部分が削り取られたそうです。その頃は今の農民の家前の河川敷付近にも自然湧出した温泉があったとのことで、川の対岸でも実際に増水以外の日には河川敷に湧出する立派な湯もあったようで露天風呂状態で入浴している方も当然にあったとのことです。(明治期から昭和初期頃まで)現在の国道バイパス付近の湯脈は現在よりも地表近くでの活動が活発だったようで、ホテル滝嶋前や西多賀前の河川敷でも自然湧出する温泉があったようです。現在でもその名残が滝嶋前にはありますが。。。ただし、増水により入浴できない時は、現在の亀谷裏あたりの通称洞窟風呂といわれる風呂がありよくそこに行っていた人々もあったようです。今の亀谷から旅館すがわら付近までの間は特に湯脈が浅く処によっては十数メートル掘るとじわじわ湯が染み出してきた処もあったとのことです。。。よって家の新築時の基礎に苦労したとの話もちらほら。。。
これはすべて昔の人から聞いた話で本当の話のようです。 以上、昔話でした(笑)
ということで、昔に比較すれば湯脈は深くなっている傾向があるとのことですが、湯の成分や湧出する温泉は不思議と変わりないな〜とのことです。本当に不思議な地質だと思います。それと、掘削は真下に掘るものばかりでなく、場所(旅館名は伏せますが)による斜め掘りや真横に掘っている源泉も存在します。
以上、話がそれましたが私が興味深い話として聞いた鳴子の話でした。 汗汗。。
(猫まんま) .
今回は列車で行きました。写真は御殿湯駅のホームからです。
貴重なお話、ありがとうございます。
昭和22年9月のカスリーン台風によって江合川が氾濫し、東北大学の鳴子分院は流されてしまった。
その跡地に建てられたのが農民の家。鳴子分院は新屋敷に移転(現在の湯めぐり駐車場のある場所ですね)。
私が知ってるのはこれくらいです。
農民の家は、鳴子温泉の中でも異色というか、全国的にみても、
ああいう形態の宿ってのは珍しいのではないでしょうか。
閑散とした鳴子の中にあって、常にあそこだけは賑わっているイメージがあります、個人的には。
それでも、以前と比べると、客足は減っているんだと思います、きっと。
お年寄りは増えていく一方なのに、湯治人口は減る一方でしょう。何か皮肉ですね。
やっぱり今の時代、皆でワイワイというよりも、個人や身内だけで静かに過ごしたい、っていう人が多いんでしょうね。
個人主義、みたいな。という私も、どちらかというと、そうなんですが(苦笑)。
でも、湯治という「文化」は無くなって欲しくない、と思っています。
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